受け止めてくれる人が居るだけでも十分価値がある

人間関係

こうやってブログ記事を書いたり、ツイッターを書いたりしているとつくづく思うことがあります。

それが「相手が居る」ってことです。

今の僕が思う事、あなたに伝えたいことを書いて置いておけば、いつかどこかであなたが目にしてくれる。

これって凄いことだし、そういう偶然の出会いのようなものをイメージできるから、書いておこうと思えたりもします。

つまり、こうやって記事を書いているのはあなたが居るおかげなんです。

まあ、何を言ってんだよって事ですよね。

わかりますよ。
僕も変な事を書いているかもしれないなって事を思いながら書いてますからね。

でも、やっぱり誰かが読んでくれるかもしれないってのは、次のような理由からありがたい事なんです。

※記事内容は執筆時点(修正時点)のものですので、ご了承ください。

受け取る人が居ることがなぜありがたいのか

独り言ってむずかしい

独り言を書くスタイルの文章ってあるじゃないですか?

自己完結している上手な文章です。いわゆるモノローグってやつです。
あれを書ける人って凄いなって思うんです。

一人語りを相手に聞かせて、相手がそれをちゃんと聞いている姿をイメージしながら書いているのだと思うと、それって自分の話す内容に並々ならぬ自信があるってことなのだと思う。

恐ろしい。
そんな自信を僕は持てない・・・。

”読んでくれるかも”は大きな価値がある

誰かが読んでくれるかもしれないという淡い期待。そう期待です。
この期待はとても大きな価値があります。

人間って期待できるから動ける部分ってあると思うんです。

明日はきっとよくなると思えるから明日を迎えることができるようなもので、読んでくれる人がいるだろうって思えるから、書けるんです。

誰も絶対に読まないと分かっていたら、多分書きません。多分じゃなくて絶対に書きません。

あなたが読むことが間違いなくこれを書く原動力になっているんです。

あなたが居ることに価値はある

突き詰めると、あなたが居るということに価値があるって事なんですよね。

僕がこういう駄文を書けるのも、あなたが読んでくれるかもしれないという期待があるからです。

飲食店をされている方からすれば、料理の素材を仕入れて、仕込んで、店を掃除して、開けてってことが出来るのは、あなたが来るかもしれないからです。

そう考えれば、とても多くのことがあなたが居るからそうしているのだという事につながると思うんです。

そこをとても強く強く伝えたいです。

つまり・・・

何を伝えたいのかというと、受け止めてくれる人が居るという事にとても大きな価値があるんです。

よく聞き上手は話し上手なんて言いますけど、会話に限った話じゃないと思うんです。

こういう記事も、町にある料理店も、コンビニにならぶ商品をあなたが選んでくれるかもしれないからこそ作れるのです。

そして、選んでくれるかもしれないことを考えて、あれこれ用意をしている最中は結構楽しかったりしますから、あなたがその喜びを与えているということでもあります。

だからどうって事ではありませんが、そういう事をなんとなく伝えてみたくて、書いてみました。

あなたが受け取める。
それには大きな価値があるってことを覚えておいてください。

人間関係
ツイッターやってます

・年齢:40代半ば
・性別:男
・乗り物:原付(レンタル原付)
・地域:大阪市内メイン

運動神経が特別いいわけでもなく、体力も人並みです。

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このブログを初めて見た」そんなあなたに…

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これも何かの縁です。お時間はかかりません。
是非一度だけお読みになってみてください。

うーどら